毎年8月7日 ハナ火の日に笛吹川で行われる花火、河原で見れる花火会場に何回か訪れた。
市川の花火は武田氏の軍事用の狼煙(のろし)打ち上げから始まったと言われています。江戸時代になると火術師たちは徳川御三家に仕え、その子孫が花火作りに専念、観賞用の花火が盛んになり、現在まで技術を高め、人々を楽しませてくれている。
毎年2万発の花火が音楽に合わせて上がる等。花火師の町にふさわしい豪華さだ。
(墨田川花火大会 2万1千発 東京湾花火大会1万2千発)
花火の産地としてもう一つ
三河の花火は,天正の頃,南蛮人によって伝えられ,当初は軍事用として使用された。そして,天下統一後,徳川家康が三河の若者で組織された鉄砲隊に花火作りを命じたことが三河花火発祥の由来とされている。特に,火術の名人であった稲富直家が地元岡崎付近の子弟に奥義を伝授したことや,火薬の製造を三河以外禁止したことが三河花火の発展の背景となっている。
江戸の三大花火、二箇所の由来等は以上だが、常陸の水戸の花火の歴史を調べる事が出来なかった。
常陸の花火は土浦花火競技大会2万発が有名で、今回78回目

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